「パオーン。」
ありがとうございます。パオーンと言わさせていただきました。縁起がいい。これは決して当たり前のことではない。私は日頃からパオーンという人間ではない。パオらないように心がけて生活をしている。平穏な日常を営む。平静。平和、の中で突如怒涛の9日間日記をはじめる!ことになったから、やっぱりしょうがない、ここはひとつパオーンとでも言っておかないといけない状態となった次第だ。怒涛といえばゾウですからね。もしこれが「怒涛の9日間日記」ではなく「普通に9日間日記」だったとしたらどんな鳴き声でスタートしていたか、聞きたいか?だれか聞きたいか?だれもいないのか?
鳴かないです。人だから。強いていえば「ひとつよろしくお願いします」からスタートしていたのではないかと。だれに聞かれなくても答えます。もうこうなっては誰も彼も私の9日間日記を止められない。これが怒涛。怒濤とも書く、調子が出てきたので。6月末までの怒濤の9日間日記。
注意が必要なのは、「怒濤の9日間」日記ではなく、怒濤の「9日間日記」というところだ。9日間は別に怒涛でもなんでもない。というか知らない。今この文章を書いているのが9/27。6月のことなど覚えていない。もしかしたら怒涛の9日間だっかのかもしれないが、もうその熱量は残っていない。どうでもいい。日記が怒涛でありさえすればいい。なんだよ。もう調子が落ちたことは、怒濤→怒涛に自然と表記が戻っていることからも分かるだろう。いいえ自然とではない、意図的にやっている、怒涛といえども心は冷静。
このまま冒頭文に終始して肝心の日記は書かずに終わるパターンだと思ってはいないか自分?ちゃんと日記も書け。それが「いたわり」だ。OK、OK。よし。この流れでシームレスに日記へと移る。誰にも気づかれぬことなく、自然に、序文が終わり日記パートへと切り替える!
6/22 月曜日だった。たしかに月曜日がそこにはあった。何をしていたかは覚えていない。
6/23 もうすっかり6/23だなという生き方をしていたのだと思う。半袖を着ている。
6/24 0-3時に6,000歩歩いた。3-24時は50歩しか歩いていない。さすがは6/24の脚といったところか。6/24の脚ってこういうところある。
6/25 灰色の予定をカレンダーに入れた。
6/26 天武天皇の歌「よき人の……吉野よく見よ」を調べた。月ごとの花について調べた。括弧と二重かぎ括弧の入れ子関係についても考えた。
6/27 強雨の深夜を歩いた。傘の裏側に雨水を貯めたら何分で海になるか観察した。6分で水は溜まったが、傘の中に夜の海は感じなかった。自分にとって海とは水だけでは不十分で、砂も必要不可欠なのかもしれないと考えた。砂は空から降ってこなかった。現実が少しだけ寂しかった。そんなこととは別に、ポテトチップスを食べる決意を固めた。ここから長い訓練の始まりになる。
6/28 横浜港に夜の海を見た。遠くでトランペットの音が鳴っていた。音に合わせて白波がうっている。望遠カメラを白波に向けて目いっぱい拡大すると、一面、白削りな光景があった。黒い海面と白い波、どちらがrealでどちらがvoidであろうかと思った。そもそも白黒で境界線を引いていいものかもわからなくなった。夜の海をあとにしてからは乾いた午前を過ごしていたが、昼にオムライスを食べた時、かかっている黒デミグラスとホワイトソースが夜の海に見えた。生活の中に潜む「夜の海」をもっと探したいと思った。そんなこととは別に、ポテトチップスを食べてみたあの頃のことを回想した。
6/29 都会のビル群真ん中を歩いているとき顔にへばりつく蜘蛛の糸の正体を考えていた。人工的に設計された世界の中に突如自然の存在が現れたとき、歓迎できないヒトの器量の狭さは憎むべきものかがわからない。ビル群の中の蜘蛛って、ソフトウェア開発におけるバグのメタファーではないか?顔にへばりついた糸は不快であり、今の自分には不快のままでいいとも思う。そんなこととは別に、ポテトチップスという名前を繰り返し口ずさんで音の響きを味わってみた。
6/30 昼間、クーリングシェルターなる場所へ立ち寄る。変哲もない室内に「シェルター」とつける気概に感服する。夜、懇親会へ参加する。誰の何の懇親なんだろう。得体のしれない集まりに「懇親会」とつける気概には感服できなかった。この人たちは何をシェルターとしているのだろう。酒?仕事?家庭?わからない。「懇親会」とか名乗るこの場は、各々のシェルターを共有する場には決してなり得ないからわからない。そして自分のシェルターはなにか?それもわからない。そんなこととは別に、ポテトチップスのことを目を閉じて想像してみた。6月が終わる。








