20260622-0630 怒涛の9日間日記/無題

「パオーン。」

ありがとうございます。パオーンと言わさせていただきました。縁起がいい。これは決して当たり前のことではない。私は日頃からパオーンという人間ではない。パオらないように心がけて生活をしている。平穏な日常を営む。平静。平和、の中で突如怒涛の9日間日記をはじめる!ことになったから、やっぱりしょうがない、ここはひとつパオーンとでも言っておかないといけない状態となった次第だ。怒涛といえばゾウですからね。もしこれが「怒涛の9日間日記」ではなく「普通に9日間日記」だったとしたらどんな鳴き声でスタートしていたか、聞きたいか?だれか聞きたいか?だれもいないのか?

鳴かないです。人だから。強いていえば「ひとつよろしくお願いします」からスタートしていたのではないかと。だれに聞かれなくても答えます。もうこうなっては誰も彼も私の9日間日記を止められない。これが怒涛。怒濤とも書く、調子が出てきたので。6月末までの怒濤の9日間日記。

 

注意が必要なのは、「怒濤の9日間」日記ではなく、怒濤の「9日間日記」というところだ。9日間は別に怒涛でもなんでもない。というか知らない。今この文章を書いているのが9/27。6月のことなど覚えていない。もしかしたら怒涛の9日間だっかのかもしれないが、もうその熱量は残っていない。どうでもいい。日記が怒涛でありさえすればいい。なんだよ。もう調子が落ちたことは、怒濤→怒涛に自然と表記が戻っていることからも分かるだろう。いいえ自然とではない、意図的にやっている、怒涛といえども心は冷静。

 

このまま冒頭文に終始して肝心の日記は書かずに終わるパターンだと思ってはいないか自分?ちゃんと日記も書け。それが「いたわり」だ。OK、OK。よし。この流れでシームレスに日記へと移る。誰にも気づかれぬことなく、自然に、序文が終わり日記パートへと切り替える!

 

6/22 月曜日だった。たしかに月曜日がそこにはあった。何をしていたかは覚えていない。

6/23 もうすっかり6/23だなという生き方をしていたのだと思う。半袖を着ている。

6/24 0-3時に6,000歩歩いた。3-24時は50歩しか歩いていない。さすがは6/24の脚といったところか。6/24の脚ってこういうところある。

6/25 灰色の予定をカレンダーに入れた。

6/26 天武天皇の歌「よき人の……吉野よく見よ」を調べた。月ごとの花について調べた。括弧と二重かぎ括弧の入れ子関係についても考えた。

6/27 強雨の深夜を歩いた。傘の裏側に雨水を貯めたら何分で海になるか観察した。6分で水は溜まったが、傘の中に夜の海は感じなかった。自分にとって海とは水だけでは不十分で、砂も必要不可欠なのかもしれないと考えた。砂は空から降ってこなかった。現実が少しだけ寂しかった。そんなこととは別に、ポテトチップスを食べる決意を固めた。ここから長い訓練の始まりになる。

6/28 横浜港に夜の海を見た。遠くでトランペットの音が鳴っていた。音に合わせて白波がうっている。望遠カメラを白波に向けて目いっぱい拡大すると、一面、白削りな光景があった。黒い海面と白い波、どちらがrealでどちらがvoidであろうかと思った。そもそも白黒で境界線を引いていいものかもわからなくなった。夜の海をあとにしてからは乾いた午前を過ごしていたが、昼にオムライスを食べた時、かかっている黒デミグラスとホワイトソースが夜の海に見えた。生活の中に潜む「夜の海」をもっと探したいと思った。そんなこととは別に、ポテトチップスを食べてみたあの頃のことを回想した。

6/29 都会のビル群真ん中を歩いているとき顔にへばりつく蜘蛛の糸の正体を考えていた。人工的に設計された世界の中に突如自然の存在が現れたとき、歓迎できないヒトの器量の狭さは憎むべきものかがわからない。ビル群の中の蜘蛛って、ソフトウェア開発におけるバグのメタファーではないか?顔にへばりついた糸は不快であり、今の自分には不快のままでいいとも思う。そんなこととは別に、ポテトチップスという名前を繰り返し口ずさんで音の響きを味わってみた。

6/30 昼間、クーリングシェルターなる場所へ立ち寄る。変哲もない室内に「シェルター」とつける気概に感服する。夜、懇親会へ参加する。誰の何の懇親なんだろう。得体のしれない集まりに「懇親会」とつける気概には感服できなかった。この人たちは何をシェルターとしているのだろう。酒?仕事?家庭?わからない。「懇親会」とか名乗るこの場は、各々のシェルターを共有する場には決してなり得ないからわからない。そして自分のシェルターはなにか?それもわからない。そんなこととは別に、ポテトチップスのことを目を閉じて想像してみた。6月が終わる。

20260622 寝た/ ない一日

6/22を「もう2ヶ月前か。」と思えているうちに日記を書いてやる。この時機を逃せば、次日記を書く気になる頃には「もう6ヶ月前か。」と言うだろう。そしてその期も逃せば次は「まだ2年半前か。」だ。2年半もあれば、もう、すごいですよ。だって今35歳の人だって、2年半後には37.5歳になっているわけだから、これはもう、なんやかんやで65歳みたいなものだ。だめだ。文章を書くことに失敗した。もうこのくだり面白くならない。でも私はデリートすることを選ばない。一度書いた文章は二度と取り消さない、それが「6/22の日記」だ。まったく、「6/22の日記」は一味違う。

 

さて、6/22はいったいなにがあったのだろう。誰か覚えている人はいないか?いない。そもそも私の周りには誰もいない。そして私も6/22を覚えていない。最初にして詰んだ。推測しよう。この日は月曜日。多分仕事していました。そして寝た。ああ寝たさ。私は寝たのさ!覚えていないけど、たしかに6/22の私はどこかのタイミングで寝ていたに違いない。6/22の私にはぜひ寝ていてほしい。寝私であってほしい。切なる願いが、6/22の私を寝かせ、それを6/22の出来事として日記に刻む。世界はこうして成り立っている。どうだ!日記というものにすっかり私は飽きている!!飽き飽きしてしまった!!この「飽きた」という感想、心の動き、これを赤裸々に書き留めること自体も日記の重要な一要素では?と一瞬考えたが、ちがう、日記に飽きたのはあくまで9/7現在の私であり、6/22の私とは別物だ。6/22は日記のことなど考えてもいない、よって、これは6/22の日記ではない!まずい!つまらない!つまるところがない!はやく九月の日記を書きたい!新鮮な出来事を書きたい!別にもともと日記好きな性でもないのに九月の日記を書きたいなどと言ってしまうくらい、六月の日記を書きたくない!ではなぜ六月の日記を今になって書こうと、数分前の自分は一瞬たりとも思ってしまったのか?わからない!!数分前の自分にはぜひ寝ていてほしかった!寝私!私はもう寝る!寝て終わらせる!寝れば一日を終わらせることができる、寝るとは素晴らしいことであり、そして目覚めた先はまた新しい一日が始まり、その繰り返しは六月過ぎても九月を越えても止まることなく続いていく、輪廻の中を私は生きていた記録である。

 

>> 虚実反転

今日は「ない一日」だった。

20260621 究極の検索可能クイズを考える/ No recordな一日

9/6になったので6/21の日記を書く。これで、数ヶ月後(11/18と予想)に書かれるであろう9/6の日記は「今日は6/21の日記を書いた。6/21はどんなことがあったかというと…」からはじまるに違いない。

そうなると、9/6はただ6/21のために在った一日になってしまう。

ひどい。

いったい6/21にどれほどの権力があればそんなことが許されるのだろうか。6/21は無垢な他日を塗りつぶすだけの大した出来事があったのか?どうなんだ?6/21にあったイベントを誰が覚えているのか?私か?お前か?お前とは誰のことか?知らない相手をお前と言ったのは失礼に値するか?謝るか?申し訳ございません、そして覚えているのは私のはずです。しかし、残念ながら私は6/21のことをよく覚えておりません。もう2ヶ月以上も前のことです。2ヶ月もあれば人は変わります。3ヶ月間よりは変わらないけど。6/21はもはや懐かしい、「あの頃の私」です。記憶には限界がある。ああこんなとき、なにかその日のイベントや心境を素直に書き記した、名付けるとしたら「6/21の日記」があればよいのだが、、、おお!今私が書いているこれ、ちょうど6/21の日記だった!すごい偶然だ!こんな偶然があっていいものか?いいや怪しいな

 

もう文章飽きた。一応日記なので手短に6/21の出来事を1テーマだけ記録する。記録がおまけになる日記。

 

検索可能クイズをした。ネットに蔓延る検索可能クイズを探しては解く。というより大概ChatGPTに解かせてみる。GPT5.5の推論能力テスト、私のプロンプトコーディングテストも兼ねる。検索可能クイズのなかでも色々ジャンルがあるが、画像のみ系が特に面白いと思った。暗号文とかも。景色の画像一枚でどこの場所か当てろとかも検索可能クイズに入るが、もうそれはGeoGuesserという別ジャンルとして確立されている。言語によらない推論問題はグローバル展開しやすいから良いと思う。

 

究極の検索可能クイズは何だろうか?と考えた。

たとえば、『?』とだけ記された画像。

画像も何もない、真っ白な空間。

『検索可能クイズとは?』というクイズ。

色々と候補はあるけれど、6/21時点で暫定的な正解は
「まだ誰にも見つけられていないクイズ」
と導いた。

検索可能である以上どこかに答えは存在しているが、まだ誰もその答えに辿り着いていない。検索すれば答えが出てくるクイズではなく、検索することで初めて答えが発見されるクイズ。そう考えると、クイズを作っているのか、検索しているのか、発掘しているのか、だんだん分からなくなってくる。

そもそも「検索可能」という条件自体が変だ。検索できないものを検索することはできない。でも検索しても見つからないものはある。そして、見つからないものが存在しないとは限らない。インターネットのどこかに、まだ誰にも検索されていない答えが眠っている。それを見つけた瞬間、そのクイズは「まだ誰にも見つけられていないクイズ」ではなくなる。

究極の検索可能クイズは、正解した瞬間に究極ではなくなるのかもしれない。

 

、、よくわからない。そもそもこれは日記?でも日記に正解はないと聞いている。正解のないクイズのひとつ、20260621の日記。この日記は検索可能ですか?誰かに見られた瞬間に正解になりますか?それと同時に、究極ではなくなりますか?

 

>> 虚実反転

今日は「No recordな一日」だった。

20260620 腸は西向き京橋は昭和へ/題不詳

日記は二ヶ月寝かせると旨みが出る。つまり8/28は6/20の日記を書くための日だ。ならば8/28の日記はいつ書かれるのだろう?などと考えていくうちに一日は終わります。

 

6/20は午前に起きた。どんな午前だったかは覚えていない。腸を診られにクリニックを訪問したことはたしかだ。この時私は西を向いていたはず。でも別に方角はどうでもいい。たとえば「こんな病院は嫌だ どんな病院?」と問われて、「ICUベッドが北枕」と答えた路上パフォーマーが目の前にいても、僕は決して笑わないだろう。病院側にも都合があるのだ。仮に北向きに寝かせられたとしても自分は不平不満一つ漏らさない、そもそも風水師の言うことは信じない、そんな自分の価値観を信じ貫いて6/20の午前を実に生き抜いていた!

 

午後は京橋に行った。ふらふら歩いていたら自然と京橋にたどり着いたわけではない。しっかり電車に乗って辿り着いた。生半可な気持ちでは京橋のビル群に顔向けできない。

電車を降りてすぐ、マーの強い冷やし坦々麺をいただいた。ラーは特段好きではないが、マーは良いです。ラーといえば花椒。私の口にかかれば、躊躇なく「ホアジャオください」と言えます。「ここは地に足つけて『かしょう』と読もうかな、、」とビクついていたあの頃の自分を超えるために、ハキハキとした発声で「ホアジャオ」と言う。そうでないと失礼だ。冷やし坦々麺だか冷やかし坦々麺だか知りませんがね、冷笑してくる坦々麺にも容赦しないぞこの夏は、と啜り上げました普通に。

 

CREATIVE MUSEUM TOKYOの 細田守の原点/展。

立ち寄ろうとしたが人があまりにも多すぎて断念。細田監督の人気ぶりを舐めていた。すごい行列の長さだ。列が長くのび、蛇行し、奥から手前へ折り重ねられ、この様子を上からみたらホームパイだ。普通にホームパイ。は?と思っても私は書き続けるんだこの日記を。日記を書いている時だけは我に変えるな。覆水盆に返らず、時間を巻き戻すことはできない。僕が今生み出したホームパイの喩えは、僕が死んだ後も未来永劫残り続けることだろう。分かるか産みの苦しみが、何があっても消されぬこの文章!ゆけ!

 

まだ続くんだこの日記は。

この足で国立映画アーカイブへ向かったのだから。こちらは空いていた。空いていたことをここに記録!それ以外のことはあまり覚えておらず、脳の奥底取り出せない場所にアーカイブ済みだ。しかし…写真が「憶えて」いる。そうなれば写真を乱雑に貼って日記は終いだ。せこせこ稼いだ文字数など無意味、数枚の写真で事足りる。

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ここで日記が終わらないというのだからすごい。6/20の日記は一味違う。

東京スクエアガーデンの

「YOKOCHO WONDERLAND in TOKYO」についても記しておく。全国のスナック十数店舗が集結というので社会見学気分で行った。2時間で3店舗回った。昭和レトロだ酔いどれ文化だとイベントHPでは謳っていた(気がするだけで実際にはそんな文言は掲載されていなかったかもしれず、事実と異なる可能性がある。しかし、そもそも事実とは何か?現地で酔いどれの洗脳受けたとたしかに感じたならば、それも一つの事実ではないか?自分は昭和の時代を生きていない。だから横丁を"あの頃の空気感(ここでいう"あの頃"とは昭和時代のことを指し、日記を書いている現在8/28の約二ヶ月前にあたる6/20のことを指すわけではない)"との比較軸で語ることはできない。ただ、どちらかというと、"令和時代がイメージする昭和時代の幻想"を再現したイベントになっているのでは?と感じた。その、誇張とは言わないまでも、意図的に前面に押し出された"昭和レトロ"が、私の記憶の中ではイベントHPまで侵食した結果『昭和レトロだ酔いどれ文化だとイベントHPでは謳っていた』と書いたのかもしれない。そう、この文章はまだ括弧の中に閉じられており、そろそろ抜け出したい。早く抜け出して自由になりたい。そして括弧を抜け出した先は逆接で繋いで『どちらかというと、"令和時代がイメージする昭和時代の幻想"を再現したイベントになっているのでは?』のくだりを言いたかった。本当は言う想定だったのだが、これだけ括弧の中の文章が長くなってしまった以上、2度同じ感想を繰り返すのは冗長だ。だからもう、思い切って全然関係ないことでも言ってみよう)が、東京のビル群ど真ん中を歩いているときに蜘蛛の糸が顔に絡みつくと夏を感じます。

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>> 虚実転換

今日は『題不詳』な一日だった。

20260613 何もない一日

二度寝をしていない。今年度から「寝」の定義を「眠り、一旦起き、また眠ること」に改訂したため、今日は二度寝をしていない。

起きがてら暇すぎたのでドラえもんのYouTubeを観た。ジャイアンシチュー、通常回とは思えない怪作だ。無駄なセリフひとつない。ジャイアン家の扉の前でスネ夫が呟く「2人とも覚悟できた?ハハ、聞いてみただけさ。」が好き。ドラえもんが子供に伝えたいテーマは「諦め」。私は午前を諦めた。

鶴見の銭湯へ。ぽこ あ ぽけもんのコラボ湯、41.8℃。決して子供に優しいわけではない温度。これでこそ任天堂。子供騙しをしないポケモンの風格。第一、ポケモンはメタモンを生み出した時点で永年勝ち続けることが決まったと思う。コラボし放題ではないか?あの壁もこの床も景色も時間もすべてメタモンがへんしんした姿。と思った今この瞬間から、日常はポケモンとのコラボになる。

リウマチの中国語「风湿症」 かっこいい。どの湯も风湿症には効くと書いている。というかだいたいどこの銭湯も効能は同じ。本当か?と思う。酸性の湯が 神経痛/リウマチ/云々、アルカリ性の湯が 神経痛/リウマチ/云々、本当か?と思う。逆に疲労回復だけは本当だとハナから思っている。どんなに劣悪な銭湯でも効能:疲労回復だけは信じてしまうだろう。カモりやすい日本人。

館内放送「場所取りの荷物は撤去します」。酷く怯える児童。自分のことを「荷物」と認識しているのか。荷物になるにはまだ早い。では何歳から荷物になるのか?わからない。

ほかにも色々起こった気がしたが忘れた。飽きた。記録は飽きる。出先の勢いがピークで、あとはどこまで搾り切るか。まともに文を作ろうとするから飽きる。構成を気にしない記録が真の日記だ。感じたことをそのまま流す時はぶつ切りの単語か鳴き声しか出ない。削除キーは捨てた方がいい。句読点は最低限にする 何を覚えてるか?

コメダ和喫茶のきしめんが赤色 抹茶を立ち食いですする

バスの補助席に初めて座る 助手席と補助席って紛らわしい バスに補助輪つけて公園で練習してね 

夜道は川に似てる どこまでも先が遠い 明日はまた見えない

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>> 虚実転換

数字だけの俳句詠み人になりたい。

 32336 3232456 45668

いまはまだ川柳しか詠めない。456は夏、668は秋の季語だとは思うけど 世の常識として振舞える程の自信はまだないけど いつか数字だけの俳句を詠みたい。数字の句集を出したい。それがシュールだと信じているため

 

20260610 無題

寝不足。眠りが不足した。でも起きが充足しているわけでもない。は?

自宅から電車に乗るまでの間に電車がほしい。

公共機関の上ではYouTubeしか観るものがない。アルゴリズムでおすすめされたものを無心で観る。「ギンモ」が純粋な架空の下ネタだったのは数年前の話。ななまがりの知名度が上がった今はエロい言葉だと通じてしまうのでガチ下ネタに進化している。

08:23、朝の電車の中、「今日はありがとうございました」と声が聞こえた。私にとっての一日のはじまりが、だれかにとっては一日を締めくくるタイミングだ。

08:23は本当に私にとって一日のはじまりなのか?朝は一日のはじまりといわれるけど、00:00は夜。第一章夜はもう終わった。8時間経過。一日冒頭から1/3をトリミングしている。プロ編集者。または素人演者。なるほど、生活の素人か。

築地で降りる。エスカレーター長い。エスカレーターの側溝に挟まれて小躍りしている木の葉は侘び寂び。

血は黒い。赤くない。赤という色が思ったより黒いのかもしれない。これほどに黒くて正常な血。黒は健康と不健康の狭間を生きている。健康な黒は黒酢、日焼けした肌、ゴキブリ。

国会図書館へ行きたい。古書を読みたい。カレーを観たい。黒いカレーは美味しい。健康と生命力の黒。カラスが通り過ぎる、写真を撮る。最近カラスの良さが分かってきた。というより、うるささに鈍くなってきただけかもしれない。知らない。面倒くさいのでカレーも本も捨てて直帰。眠る。眠りの中見た夢を捨てる。夕夜の記憶も捨てる。何かをしたが忘れる。忘れるくらいのことが2,3あった、よりは、何もなかった、の方が締まりはいい。知らない。

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>>> 虚実転換

まだ環境整備が追いついていない。

「ななまがり」の表記ゆれベスト100(「ナガルマガル・タカ」を除く)

ななまがり森下さんと言い切る男さんの同時優勝で幕を下ろすこととなるR-1グランプリ2026。

優勝者のお二方は、お笑いコンビ「ななまがり」のメンバーとしても知られています。
今後ネット上では「ななまがり」の言い間違えによる表記ゆれが一層激しくなることが予想されます。
「ななまがり」系表記内の世界ランキングは如何か、殴り合いの喧嘩をしたら一体誰が1位になるのか、これまだ答え出てませんよね?

僕がその答えを言い切りましょう、
と言い切ることはできないです。
言い切りましょうと言い切ることは言い切る男にしかできないので、言い切る男ではない男には言い切りましょうと言い切る資格がありません。
そのため、あくまでもわたくし一個人の推測にはなってしまいますが、ベスト100で順位付けしてみます。

ただし、今回は「ナガルマガル・タカ」をランキングから除外します。環境破壊カードとでも呼ぶのでしょうか、パワーバランスを崩す要因?は今回取り除きます。真剣です。言い切ることができないからといって粗雑に一から百まで番号を振っていくのではありません。


それでは、ランキングです。

第100位 ながまなり
第99位 ななむがり
第98位 がまななり
第97位 まがながり
第96位 なり
第95位 ながななり
第94位 ながまりな
第93位 ながながながり
第92位 ななりやま
第91位 がり
第90位 なまりあり
第89位 なながり
第88位 ままながり
第87位 ままがかり
第86位 ままともつながり
第85位 ままのななびかり
第84位 ななみがり
第83位 なまがわき
第82位 ななり
第81位 ななめがり
第80位 ながりまがり
第79位 ながりまがり・まな
第78位 ぬめり
第77位 ながりまがり・かな
第76位 はちまがり
第75位 さながらり
第74位 がががまり
第73位 まままがり
第72位 ななまなり
第71位 なりゆきまがり
第70位 ながながなまななまがり
第69位 なまなり
第68位 まながまり
第67位 がりがり
第66位 がままなり
第65位 なめまがり
第65位 7まがり
第64位 はまだこうすけ
第63位 なままり
第62位 なまがり
第62位 なながり
第61位 ななまがりまま、ながまりな
第60位 り
第59位 なりあがり

(※第58位~第11位  けんちゃんの母親に早送りされたため確認できず)

第10位 なまななまがり
第9位 ななあがり
第8位 ながなまり
第7位 七曲
第6位 なまがかり
第5位 ななあまり
第4位 ななななり
第3位 なまがなり
第2位 なままがり
第1位 ななまがり

 

ということで、「ななまがり」表記の1位は「ななまがり」に決めました。嬉しいことです、助かりました。その証拠に、空を見上げてください。星が綺麗です。今が夜であれば、の話です。私はこの文章を昼間に書いています。これもすべて、ななまがり、ということなのでしょうか?

 

追記: 
これはおそらく先人が言い尽くしたあるあるネタな気がしますが、
「ななまがり」って米の品種みたいな響きなので、連呼するだけで腹が膨れる心地がします。食糧不足時のライフハックです。