虚シコウ

粗い構成!薄い内容!ほとばしる素人意識!AI社会で虚快に暮らすヒント!

シュール免罪符君、公園遊具をジャックする

私はシュールだ。それはもう凄いシュール。誰がなんと言おうと、今日も絶対究極完全に全力シュールをキメてやる。

何も考えずに街を歩いていたら公園に辿り着いてしまった。ふふ、シュール。並の人間は少し考えてのコンビニだろう。格が違うね。

さて、せっかくなので公園でひとシュールやっときますか…お、ブランコ。
あの空まで届けと遥か高みを目指してどんなに頑張って動いても、結局下へ後ろへと連れ戻される。むしろ努力の分だけ引きずり下ろされる力も強くなる、そしてやがて力尽きて為す術なく時流に揺さぶられた後に降り立つ所はスタート地点と同じ。成長ゼロ、あまりにも残酷な遊具ことブランコですか。

そこに項垂れて座りこむ背広のサラリーマン。ベタがすぎる。ドラマの再放送じゃないんだから。

よし、ここは私がシュールの手本を見せてあげよう。
サラリーマンの…膝の上に座っちゃう!
本当は向かい合わせに座って表情を確認したい気持ちをグッと抑えて、同じ方向に座る。こっちの方がシュールだからね。

いや、よじ登って肩に座った方がシュールか?立った方がいい?どうする? …あれ、サラリーマンが私を突き飛ばして足早に去っていく。
逃げられた? いやー、それは一番シュールじゃないでしょー。


仕方ない、他の遊具を探すか。滑り台があるな。
うーむ、上るのは一歩一歩しんどいが、下るのはツルッとあっという間で、これは人生の虚しさを子供に叩き込む教材だな。人生山あり谷ありとはよく言うが、山は腿を上げ続けなければ進まず、越えた先の谷はストッパーなくスルスルとただ落ちてゆくだけなんだぞ、と。
それなのに、子供たちは張り付いたような笑顔を浮かべながら滑っている。ただ落ちゆく自分を精一杯肯定するための、笑顔。
そんな作り笑いは幼いうちから覚えてほしくない。
よし、ここは人助け、私直伝の英才教育だ。

滑り台を…真顔で滑る!
何度でもつまらなそうな顔で滑る。愛想笑いは要らないんだよ、真顔で生きなさいと、繰り返し行動で訴えかける。
真顔ってシュールの基本だし、丁度いい。多くを学べよ、子供。

「…あの、すいません、僕らも滑りたいんですけど……」
とこちらへの気遣いで声をかけてくれる子供たちをやはり真顔で制して、使命感でずっと滑り続ける。
すると、子供達は何故か悲しそうな顔を浮かべて公園を出ていってしまった。
なんでだよ!まだ教育は終わっていないぞ!悲しそうな顔見せるな!さっきまでの張り付いたような笑顔はどこいったんだ!愛想笑いしろ!はーまったく……どいつもこいつもシュールを分かっていない。
私を見習え!私、私こそが、シュールなのだ!!!