虚シコウ

粗い構成!薄い内容!ほとばしる素人意識!AI社会で虚快に暮らすヒント!

あの日見た『うんこ食べてる時にカレーの話をされた話』は虚だったのか

【虚×私考】2020/01

 

先日、ある大教室にて。僕は前に座っていた人のPC画面をふと見る。

はてなブログの編集画面だ。タイトルは『うんこ食べてる時にカレーの話をされた話』。

 

僕は「ほぅ、うんこですか…」と思い、執筆者の横顔をチラと眺める。

彼は非常に真剣な表情でPCを見つめている。

 

僕は「あぁ、彼のうんこは誠実なタイプのうんこなんだな」と思い、今度はこの執筆者様の作業姿をチラチラと覗く。

彼は文を書いたり消したり、時には注釈を加えてみてはまたそれを消したりしながら、『うんこを食べてる時にカレーの話をされた話』を執筆している。完成までもう暫く時間がかかりそうだった。

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僕はその時から、「彼の記事を読みたい」と思い、定期的に彼のブログを探している。

しかし全くヒットしない。

何故か。投稿する事を諦めたのか? 

いや、あの熱意の注ぎようからして考え難い。

 

タイトルを変えたのか?

いや、それも考え難い。

まず「うんこ」というキャッチーなワードで掴みの1ウケ、「うんことカレーは似ている」というあるあるネタで安定の1ウケ、更に本来なら「カレー食べてる時にうんこの話を...」と書くところを、工夫を凝らして「うんこ」と「カレー」を意図的に入れ替え貪欲にもう1ウケいただこうとした、とても秀逸なあの題名を変えるとは思えない。

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それでは、あの日見た『うんこ食べてる時にカレーの話をされた話』は虚だったのか?

あの日の光景は僕に「我々の認識する世界は虚かも」といった類の、批判的実在論なり仮説的実在論なりを叩き込むべく立ち現れたものであったのか?

 

実虚いずれの形でもいいから、僕は彼のーー実在すら定かでない彼の、『うんこ食べてる時にカレーの話をされた話』を読みたいと思う。