虚シコウ

好きな虚しさを収集しています。マイナー志向でニッチ嗜好な雑記ブログになるかと思います。

「病院で買ったテレビカード」 - 虚博物館 1

虚博物館 展示(製品)
「病院で買ったテレビカード」
2022年 日本・東京

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なんと言っても表のデザインが目をひきます。

手に取って第一印象が「古いなー」。廃墟に落ちていたら映えそうな遺物感がたいへんよろしいですね。
で、第二印象が「数学ⅢCの教科書の表紙っぽいな」と。
中高時代に実際に使っていた数学の教科書のデザインとは全然違うはずなんだけど、頭の中で勝手に「数学の教科書デザインはこうあるべきだ像」が形成されていて、それに非常によくマッチしています。

数学ⅠAは白背景にポツンと寝かされる点と線なんですよ。ひたすらに無機質、味気ゼロ、図形が起きる前なんです。
で、数学ⅡBは黄緑色の背景に、三角や四角が置かれている。ちょっと起き上がり気味で。昼下がりの地上感があるといいのかな。
そして、数学ⅢCは、宇宙空間に浮遊する球体のイメージで、まさしくこのテレビカードのとおりであると合点がいったわけです。

 

 

次に、裏面の「カードご使用上の注意」をみてみましょう。

> 当病院内のベッド脇の備付けテレビ等でご利用になれます。

ええ、テレビカードって実はテレビにも使えるのか!
洗濯機と乾燥機を回すためだけに買ったので、テレビカードをテレビ観るために使うという斬新な発想はありませんでした。注意書き読んどいてよかったな。

 

> 発行会社のカードリーダーのある機器等でもご利用いただけます。

なんかこの文も好きですね。
正直、退院後にカードリーダーのある機器等に遭遇する可能性、さらにはそのタイミングでこのテレビカードを持っている可能性って、ほぼゼロに近いでしょう。
「ある日突然街中に出現するかもしれないカードリーダーのある機器に備えて肌身離さず持ち歩いていてください」というメッセージにも受け取れます。
どこに出没するかな。渋谷のスクランブル交差点?鳴門海峡の渦潮?
家に帰って玄関に突然あったら怖いな。
いや、それよりも朝起きたら自分の額にカード挿入口ができている方が恐ろしいな。

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> 原則として換金はできません。

この文にも、ちょっとゾワッとしてしまいます。
換金って「お金ではない物」をお金に変える事じゃないですか。でも、テレビカードは「お金ではない物」感が薄いんですよね。なんというか、ほぼ1000円札じゃん、お金じゃん。だから「両替は出来ない」じゃん、って。 ね。…これはイチャモンが過ぎたかもしれない。アタマから一々口出して煩いのであと1文だけ。

 

> 残り時間または度数は、カードリーダーで確認できます。

この「残り時間」と「度数」、いったい何の時間と数なんでしょうね。
たとえば「仏の顔もn度数」。このテレビカードは別称「仏のカード」で、残り時間以内であればいつでも仏を呼び込む事が出来ますが、あと2度でブチ切れますよ、代償として身長奪いますよ……これだとドラえもんのデビルカードと変わらないか。じゃあ代償に持ち金を…だと、今度は桃鉄のデビルカードか。で、実は「悪魔の顔もn度数」だった、みたいな設定は考えられますよね。

それよりも虚しいのは、「カードリーダーで残り時間または度数を確認できる残り時間・度数」だった場合でしょうか。あと100度とか1000度とか残っている状態で、このカードには何か物凄い効力があるに違いないと盲信して、度数の意味を巡る謎解きを始めちゃったら最悪ですね。ゼロになってはじめて度数の意味を知り無為にしてきたこれまでの時間を嘆くのみでしょう。

 

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※個人的に好みな「虚」を感じる事物を展示する「虚博物館」の構想を描いています。

小学生の自由研究テイストなデータ分析ブログを作りたい

…はい。タイトルが言いたい事の全てです。

「小学生の自由研究テイストなデータ分析ブログを作りたい/読みたい」。

ざっくりと言い換えると、「ゆる~いデータ分析系の記事コンテンツが世の中にたくさん湧いてきてほしい、でも今んとこ湧き出る気配がないからまずは自分から例示的な意味合いも込めて発信するかぁ、…いつか……」といった感じですね。

 

.........「「「いやいや、『ゆる~いデータ分析系の記事コンテンツ』なんてちょっとネットで探せばいくらでも見つかるから。ただでさえ技術系のトピックはインターネットと相性抜群なんだから。"ggrks"って言葉が流行った時代をご存知でない?意味わからないなら今すぐ検索してみなさい。そう、ggrなさい。

ggrば"ggrks"の意味がきっとわかる、そしてksになりたくない気持ちが芽生え、お望みのコンテンツをggrるようになる。ggrるようになるためにggr。だから、はじめのggが大切なわけですね。はじめのg~g~~、あしたにg~g~~♪ 小学生の時に歌いましたか?はじめのgg。違う?『はじめの一歩』?同じようなもんだろ。gg=『一歩』、互換可能です。互換可能、ごかんかのう、gk。ggとgkなのが『一歩』。『はじめの一歩』とgkなのが『ファーストgg』。ファーストペンギンがあるなら、じゃあセカンドシロクマやサードアザラシはどこに行けば観れるんだ!と泣き喚く子供を引き連れた酔っ払いggが野次を飛ばしております荒れた球場、外野へ高く打ち上がったあのフライ球を捕りに行くのはファーストG.G.ではありません。さっきからそこで泣いている子供、ピタリと嗚咽止まり、ggの元を離れて小さな一歩、ああgg、フライ球へと真っ直ぐ手を伸ばした、その時確かに私は観たのです。

子供が宙を飛んでいる光景を。

フライ球みたいにフライしたねーなんて程度の低い、調子低空飛行気味な表現では捕り損ねてしまう程、大きく高い『自由』の形を。宇宙遊泳だ。今、この子供は、宇宙遊泳している。あの一歩、小さな一歩ではあったが、彼自身にとって偉大な一歩、いやグ…… あれ? グ…… 『はじめの グ……… ??? 『ファースト ジ…………… ?????

何故だ。あのアルファベットが、ついさっきまであれ程多用していたあのアルファベットが、使えなくなってしまった。きっかけは?いつから? 子供が宙を飛んで……ああそうか。ここは宇宙か。地球上とはわけが違う、グ…ジ……重力がないからか。重力とは引き換えに、子供の姿をした自由が目の前にある。目の前というか、ここ、というかもう自分。子供の正体は自分でした。こんにちは。自己紹介が遅れました、子供です。年齢は…年齢は……何歳かはちょっと覚えていないけれど、小学生です。......えー............あとは...なんだっけ、全部忘れちゃった。ぼくって、いったい、何者なんだっけ...?

あ、あなた!ちょっと待って、そこのあなた!ぼくのことについて調べてよ!!何でもない、何にも縛られていないぼくのことを研究してよ!!ぼく小学生!!小学生ぼくの自由、研究だぁぁ~~っ!!!
」」」.........

   【 小学生の 自由研究 】

―――

というオープニングまでは決まっているんですけどね。
このくらいの体裁の自由さは許されるような「ゆる~いデータ分析系の記事コンテンツ」の置き場所がほしい、という話です。
今世の中にある『ゆるい○○』の平均値は全くゆるくないですから。上の文章だって、小学生が自由研究で書きあげてきた作文だと思えばかわいいものでしょう。大人が書いているとバレた途端に痛っ、寒っ、無駄話長っ、内容薄っ、早く本題入れ、の嵐なのに。

 

ほら、小学生並に自由だから急にオープニングが終わるよ。そして本題、つまり、もし小学生が夏休みの自由研究としてデータ分析をしてみたら...ってくだりがはじまるよ。

――
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第1章 研究背景

この前TVでやってた『お笑いの日2022』のはじめのコーナーで、ランジャタイとダイアン津田がコラボネタをやってて、それみてて、おもしろかったです。
とくにおもしろかったのが、津田さんが「すみません、わんこそばの時間です。」と言うところで、自分でもすみませんすみませんって、たくさんマネして笑っていたんです。
でも、十回、百回と「すみません」と言っているうちに、だんだん

「あれ?『すません』じゃなくて『すません』だったかも...」

と、不安になってきました。
そこで、もう一度最初からネタを観返してみたんです。ランジャタイさんが喧嘩しかける。時が止まる。脳内に直接津田さんがゴイゴイスーしてくる。そして突然、戦場のメリークリスマスが流れてきて...

「すません、わんこそばの時間です。」

ああ、よかった!「すみません」だ!合ってた!ホッと胸をなでおろし、以降はお気楽に津田さんが全身全霊ゴイゴイスー津田篤宏になるまでの過程をながめていました。すると、再び戦場のメリークリスマスが流れてきて...

「すません、わんこそばの時間です。」

ええ!?なんという事でしょう、最後の最後にどんでん返しの大オチ。1回目のわんこそばの時間では「すみません」だったのが、2回目のわんこそばの時間では「すいません」に変わっていたのです。

なのに、ぼくははじめてネタをみた時、1回目のわんこそばの時間ばかりに意識が向いていて、2回目のわんこそばの時間には集中していなかったのです。危ない、ぼくはこのネタの仕掛けを見落とすところでした。

......ところで、世の中のみんなはどっちのわんこそばの時間が好きなんだろう?そもそも、「すみません」と「すいません」では、どちらの方がよくつかわれているんだろう?

と気になったので、調べてみました。

 

...と、ちゃんとしたデータ分析の記事なら、第2章 関連研究 とか、調査方法、 ...と続けていくんでしょうが、ここらでもう書き飽きてきたから、

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Twitter APIとか叩かずに、ヤフー様のリアルタイム検索に全頼りしちゃう。そして、その調査結果のスクリーンショットを、特に何の説明もなくべた貼りしちゃう。で、そのまま逃げちゃう。ぼく小学生!自由研究!!

と言いつつもちょっと補足、だって意外と興味深い結果ではないですか?もう少し「すみません」と「すいません」のどちらかに偏るものかと思ったら、そこそこのツイート数が集まってかつ割合が半々に近い。ここに自然言語処理分野の表記ゆれ調査とか、言語学とかの知見を継ぎ足せば、結構研究のネタ元としていい線いきそう。

だからやっぱり、いつかこんな感じの、小学生の自由研究テイストなデータ分析ブログを作りたい。

「日記日記」はじめました | 日記開発

新しいカタチの日記、ブログの可能性、新時代では主流となるような記法を模索し続けております。

過去にはしりとり日記はじめました - 虚シコウケーキドーナツ(4)日記はじめました - 虚シコウ  ,...と色々試しては一回きりで終了。前回も、100m走選手の人格を降ろして駆け抜けるように筆を走らせれば日記をつけやすくなるのではないか?と思い立って「短距離走日記」なるものを試してみたものの、やはりコレといった手ごたえもなく、不発。

 

日記やブログってどうしてこんなにも継続するのが難しいのでしょうか。
日記をつけるためにはその日に起きた記しておきたい出来事が1つ以上必要なわけですが、そんなに毎日記録するに足るほどの面白エピソード、つまりは秀逸な【題材】に出くわさないのが原因なんですかね?
それとも、日記というモノの奥が深すぎて、素人が触れるのにはあまりにも敷居が高すぎるのか...まあ言ってしまえば日記って伝統芸能ですからね、土佐日記センパイとか居ますもんね、大御所の圧が強すぎるんじゃないですか?もう、「日記」それ自体が重厚な【題材】として存分に語られるような存在なわけで、...

 

...ん?つまり、今の話をまとめると、良い題材があれば書けるのが日記で、日記は良い題材ということ?
という事は、日記をつけたことを題材にして日記をつければいいってことか!これなら毎日ネタを切らすことなく、日記を継続させることができそうだ!

 

ということで、今回は日記をつけたことを題材にした日記、名付けて「日記日記」なるものをはじめてみようと思います。

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―――――

今日は日記を書きました。

「書きました」というより、「書いています」と書いた方がいいかな。現在進行形で記録中です。

どんな日記かというと、こんな日記です。

そうそう、「今日は日記を書きました。」からはじまるような。


…今ふと思ったのですが、

「今日は日記を書きませんでした。」からはじまる日記を書くことはできそうにないですね。矛盾しちゃうから。意外とパラドックスとしては新規性ありそうな好例じゃないですか?

毎日書き出しは「今日は日記を書きました。」で固定でしょうね。うん。ねぇー。日記書いたよ!って。今僕、日記書いているよ!ってね。ああそうか、現在進行形にした方がいいんだった、だから「今日は日記を書いています。」で書き出し固定ですね。

ねぇーー。

うーーーん。

うん、そうですね。もうそろそろ日記が書き終わる頃ですかね。まもなくです。なんか最後に、言いたいこととかあればここら辺で放り込みたいものですね。

ーーーうん、ない。じゃあ日記、終わりますね。

ああ、1つだけあったか。言いたいこと。

「日記日記」つけるの、今日で終了かな。

「短距離走日記」はじめました | 日記開発

新しいカタチの日記、ブログの可能性、新時代では主流となるような記法を模索し続けております。

過去にも何回か挑戦して、(しりとり日記はじめました - 虚シコウ ,
ケーキドーナツ(4)日記はじめました - 虚シコウ 等)
結果は全て一日坊主の失敗に終わっているわけですが...

今回は「短距離走日記」なるものを新たにつけてみようと思います。

ここで長々とルールを説明してもしょうがないので、早速書きはじめます。

 

 

――

―――――

On your marks...
Set...

Baaang!!

かかいてる、書いてる!僕は書いてる!!、書いてる文字確信書く階書いたぁーーー!書けたる書けたーーー!書いてる書いてる!
今書け出しました!いいスタート!これはいいスタートをきったァ〜ーー書け出せてる!、完全に書けている文字を
!文を文章を書ける、ブログを書ける〜〜〜!!

大地とかけましてブログとときます、その心はどちらも
かけるーんんーーー!
駆ける大地と書けるブログを謎掛けるーーー!

あもう一度言います、これ唯一の面白いフレーズなので、

駆ける大地と書けるブログを謎掛ける。

駆ける大地と書けるブログを謎掛ける。

まだ書いてる、まだ文字を書いてるぞ、
何秒だ、何秒で書けるんだ、
もうゴールはすぐそこだ、
ラストスパートや!スパート書けろ!!
ああああ!
あ書け!!も書け!!!
背中を、書けぇ〜〜〜〜!
(というのは、本来は「背中をかけ」の「かけ」は「掻け」とかくべきところを、…あすいません今の「かくべきところ」の「かく」は「書く」の方の「かく」です。かきなおした文はかきの通りです。

「背中のかけ」の「かけ」は「掻け」と書くべき所を、…

……ああ、あと「かきなおした文はかきの通りです。」は

書き直した文は下記の通りです。

ということでした。話を戻すと、

本来は「背中のかけ」の「かけ」は「掻け」と書くべき所を、「書け」と「かく」ことによって本文に「かけ」ていた「かけ」がえのないユーモアを一つまみ振り「かけ」てみたのです。…

はい。

うん。

……いや〜伝えたい事を伝え終わったという事でね、少々尺が余ったんでね、
ブログの余白を埋めるためだけにこの世に存在する早口言葉を1つ紹介したいと思います。

牡蠣掻きむしりたいHIKAKIN

以上です。
ご清聴ありがとうございました。ゴーール!

 

 

あ、まずい、ここ括弧の中で本文の途中だった)はいゴーーール!


ええと只今のタイムは……えー…、……、あれ? 記録なし?

文字数がタイムの代わりになるってこと?じゃあ一応、現在の記録は751字? ...で?

 

うーん。

なんか、

つまらないな。

 

短距離走日記、

やめるか。

オレ変わってるんすよー、ゴキブリとか食べないし。

「昆虫食」が変人アピールの材料に使われはじめてからもう何年経ったのだろう?

 

自己紹介の場。名乗りは丁重、趣味特技で軽ジャブ・中ジャブ放ち、一旦落ち着くや束の――"間"――、
「実は自分、セミとかゴキブリとか食べちゃったりするんですよ...w」
きました!伝家の奇刀!虫食いエピソード!! えぇ~~、本当にぃ!?虫って食べても大丈夫なの?ヤバくない??へぇー、ワイルドだな~ww ちょ、マジで、変人すぎでしょwww......w.........いや虫を食べることを変な行為だと認識しているのってめっちゃ普通だな。

 

仮に、昆虫食が流行っていて、いや流行の時期すらもう通り越してもはや虫しか食べなくなった未来からタイムスリップしてきた人の第一声が「私は虫を食べてしまうような変人で...」だとしたら、これは明らかに変わった価値観の持ち主だと言える。が、そこはもはやどうでもいい。こちらの反応は「え、タイムスリップしてきたの?」一色になっているから。虫食う食わないの話など到底タイムスリップにはかなわない。

でもおそらく、「実は自分、セミとかゴキブリとか食べちゃったりするんですよ...w」さんはタイムフライヤーではないしなあ。彼の思い通りにはいかない運命か。

...ところで、『タイムフライヤー』という言葉を見ると反射的に "Time flies like an arrow." が想起されるわけですが、今回の文脈だと「光陰矢の如し」より「時蠅は矢を好む」の方が正訳の座を勝ち取りそうじゃないですか?
どなたか「タイムフライヤーではありませんがタイムフライ(時蠅)は食べられます!」を英訳してくださいませんか?
食べ方はやっぱり揚げですか?タイムフライフライですか?

あと、【僕らタイムフライヤー 時を駆け上がるクライマー】の『クライマー』って、「(タイムフライを)食らいまーす!」って意味ですか?

あとあと、...なんでもないや、やっぱりなんでもないや。だいぶ時がはぐれっこしてしまいました。現代人の発する「実は自分、セミとかゴキブリとか食べちゃったりするんですよ...w」は変人アピールになっていないという話でした。


これが「オレ変わってるんすよー、ゴキブリとか食べないし。」
だと途端に「あー、確かに変わってる!」と納得いくのになあ。みんなゴキブリを食べながら生きていると思っているんだ。ゴキブリ食べないことをアイデンティティーとして抱えているんだって。

「マジで変人なんだよなー、夜眠くなったら寝ちゃうんですよ!変でしょ!」
うん、すごい変。この感覚のズレ。

「本当あまりにも自分変人すぎて、この前なんかあなたのブログ観ちゃいましたよ!」
うわー、変人すぎるな~。...と言えたら、良かったんだけどねぇ...

 

 

こう色々考えると、結局普通なのが変で、その変なのが普通で...と、表裏がぐるぐると変わっていく様が、「虚」の構造そのものだなと感じるわけです。

タイパ厨のサトシは「ポケモン、ゲットだぜ!」ではなく「ポケモンだぜ!」と叫ぶ

最近ヒマなので、YouTubeTVer等に転がっている動画を浴びるように流し見しています。本当はヒマなはずがないので、動画にヒマだと錯覚させられているわけですが。まったく動画コンテンツの沼は深く恐ろしいものだな、などと思う矢先、ややっ! もっと底深い沼に足を踏み入れてしまいました。「動画編集の世界」です。

ひとたび編集の要素を気にして動画を観てしまうと、もうそれは先程観た画とは別の作品に姿かたちを変えています。真っ当で鋭い発言にもPOPなフォントで覆ってしまえばバカ一直線。ありとあらゆる不要なシーンも全カット。まあ「不要」と言っても本当に不要だったかどうかは分かりません、なぜならカットされてもう見れないから。どうしましょう、この世の編集が全て悪意の塊だとしたら。

悪意ある編集に我々は為す術もありませんね。
あらゆる真実を虚構に変え、虚構を別の真実に変えてしまうのが編集の力で、この大きな敵にどう立ち向かっていけばいいのか、いくら考えど解決策が見つかりません。

 

今、僕は誠心誠意を込めて「ポケモン、ゲットだぜ!」と叫びます。真っ直ぐ指した指先のカメラを通して、世界中の子供達と大きいお友達に声を届けたい。僕の魂の叫び、心の奥底から出る声を1つも漏らさず聞いてほしい!編集さん、頼む!!

ポケモン/ゲット/だぜ!」→「ポケモン/ /だぜ!」→「ポケモンだぜ!」

…ほら。またこれだ。ポケモンにされちゃった。いやおかしいじゃないですか!僕はポケモンじゃないですよぅ!嘘は嫌だ!僕は嘘を言ってないのに!ちょっと!編集さん、聞いてますか!?…編集さん??

少し平静を取り戻し、辺りを見渡すと、何もない。カメラもないし、編集さんもいない。そうか、やはり嘘か。虚構だと正体を暴かれた虚構は跡形もなく消え去る。これにて解決、一件落着。真実はいつも勝つ。フハハ、轟け、真実の言葉よ、ポケモン、ゲットだぜ!!

……あれ。
ポケモン、ゲットだぜ!」果たしてこれは真実なのでしょうか。振り返ってみると、残念僕はポケモンをゲットしておりません。哀しいかな私は根っからの嘘つき野郎です。
それなのに、編集でその嘘にまみれた発言の一部を切り取られると、猛火のごとく怒り狂う。ふざけるな、フェイクニュースだ、俺は正しいのにと、編集側に嘘の所在の100%を押し付けてしまう。そして実際には、編集されていないどころか、ハナっからカメラ1台すら向いていなかったとすれば……

 

なんて事を、YouTubeTVerをダラダラ観てる時にふと思う。入口は映像コンテンツの世界なのに、出口は映像コンテンツ化されもしない世界へとたどり着く話で、あらどちらが虚世界だ?という疑問は拭えない。

ただひとつ言える事は、令和を生き急ぐタイパ厨(タイムパフォーマンス厨房) のサトシは「ポケモン、ゲットだぜ!」ではなく「ポケモンだぜ!」と叫ぶ、これ如何ほどに虚しい事か。

秋竹城は失っても、覆米は盆に返す

あきたこまち」の文字を見かける度、瞬時に「あき竹城」を思い浮かべてしまう。

くだらない連想ゲーム、えらく低クオリティな駄洒落と、その場をサッと流す。大富豪用のトランプを身の周りの物で自由に作れるならば8はあき竹城で決まりだな、でもあきたこまちってそれ程3~7感あるか?まあ強いて言うなら5かな……って、あきたこまちの心配している場合じゃない、あき竹城でスペード・ダイヤ・クローバー・ハートの4タイプ集められる自信がない!というかそもそも「身の回りの物」にあき竹城が含まれているという前提自体が間違っているではないか!あ~しまった、計画が完全に頓挫した……と、1人で勝手に誰からも頼まれてない虚思考を繰り広げる、それがこれまでの自分だった。

 

そして今日、「あきたこまち」を見かけた。ああ、またか。瞬時に「秋竹城」を思い浮かべてしまう。……「秋竹城」!?「あき竹城」ではなく?おや、思いがけずいいカードを引き当ててしまったようだ。このチャンスは大切にしたい。

 

まずは「秋竹城」でGoogle検索をし、既存の城名ではないことを確認する。冷静な行動をとれた。秋竹城が実際にあるお城か否かはかなり重要だ。実在するならば、これ以降の扱いはあき竹城と同様になる。実在しないのであれば、もうこれからの話は虚のフィールドだ。さあ、虚のゲームの始まりだぜ!…とか言いだすと、今回はカードゲームでもトランプではなく遊戯王ベースで考えるのか、まあそれでもアリか…と揺らぐ気持ちをグッと抑えて、ここはトランプのまま嗜ませていただく。秋竹城から醸しでる趣きはトランプで映えるはずと信じて。

そもそも秋竹城ってどこ辺りにあると想定するべきなんでしょうね?ファーストインスピレーション・熊本県。次点で佐賀県かな。どうも、なんの根拠もないが九州地方に置きたくなる。語感がそうさせるのか、日本史の風を九州から嗅ぎ取っているのか……いや、多分もっと単純な理由だ。あきたこまち→あき竹城→秋竹城、と来た流れでどこの都道府県か考えさせられたら、ヒトというものはほぼ確実に秋田県を連想するに決まってる。自分も例に漏れず本当は秋田県を真っ先に連想したに違いない。ただ、これ以上秋(あき)で繋げていくのはあまりにも芸がなさすぎるという理性が働いた。その結果、東北から最も遠く離れている地方を持ち出して秋田をなるべく強くかき消そうとしたのだ。なにがファーストインスピレーション・熊本県だか。大嘘だ。しかし、虚のフィールドの効果を受けた現象だったともいえる。なるほど、ならば嘘は嘘のままでいい。秋竹城の所在地は熊本県としてみよう。

城壁の色は無難に白、3階建てとして、周りを紅葉で覆わせる。ここのイメージは逆に秋で塗りたくってしまった方がいい。ここで紅葉を這わせないのは、自分のセンスを良く見せようとして完全にムリしている。

 

さて、前準備はこの辺にしておいて、いよいよ秋竹城のトランプにおける立ち位置を決めよう。5か、9か、流石に12(Queen)は安直すぎて避けるべきだよな…と考えながら手にした「秋竹城」は、

秋竹城は、

もう既に「なめ茸(上)」に変わってしまっているんですよね。ああ、諸行無常とはまさしくこの事を指す。前準備に時間をかけすぎてしまったからだ。いくら上といえども高々なめ茸、城にはパワーで敵いません。明らかな劣化に戦意喪失です。もうこの遊びは終わり、やはり所詮はくだらない連想ゲームだったというわけです。

さらにもう1つ虚しい事に、「なめ茸(上)」まで移ろいでしまった今、ここから「あきたこまち」を復元することは無謀です。共通する字が1文字もありませんもの。『覆米盆に返らず』、一度失ったあきたこまちは二度と返ってきません。スタート地点まで戻ってやり直しすらできないのか……

 

そううなだれる自分の頭上に、ピコーん!ヒュるヒュるヒュる、一筋の閃光が声を発する。

「コメナラ…ヒロエル……」

…!衝撃でした。なるほど、確かに米ならば1粒1粒拾い上げることは出来そうだ。城の再建は出来なくとも、米の回収なら出来そうだ。大きな宝を失った時でも、初心は傍にちゃんとあるんですね。

「愛 自由 希望 米 足元をご覧よ きっと転がってるさ~」そんな歌が 昔あったような。今こそその歌を僕達は歌うべきじゃないかなぁ?

 

…とかね。